【帰属意識】あなたは何をしてる人なん?

独りごと

「名古屋市 無職 42歳 女性」

もし、私が事件や事故に関わって新聞記事に載るようなことがあれば、私はこのような形で掲載されてしまう。70歳を過ぎている私の両親も「無職」である。定年退職したとたん無職という肩書きなってしまい、なんとなく居心地が悪いひびき。

変な個人情報とでもいうべきか。無職の肩書きが居心地が悪いと感じる理由は、なんだか申し訳ないという気持ち、周りの目を気にするプライドかな。「今無職なの~?」という何気ない一言にチクリどころか結構ぐっさり心がやられる。

海外の記事では、記事と関連がなければわざわざ年齢や職業を書くことはないという。そりゃそうだ。

「あなたは何をしている人?どこに所属している人?」職業や肩書きが日本ではやたら重視されている。どこかに属していないと外れモノのように、ちょっとおかしいと見られてしまう。会社、学校、部活、サークル、オンラインサロンなどのコミュニティ。自分はどこかの「円」に属してくくられている。誰かとつながっている安心感もあれば嫌悪感もある。

帰属意識とは、自分はある集団の一員であると意識すること。家族、学校、会社や部活、コミュニティ、宗教などあらゆる集団に所属しているという意識。

そり立つ壁

肩書きを考えてしまったきっかけはこれ。

うちの次男はSASUKEが大好き。どの出場者がどこまでクリアしたとか第何回大会はこのステージがあったとか、好奇心のまま突き進んでけっこうな知識を持っている。

SASUKEはスタート時に「肩書き・名前・年齢」とともに選手紹介される。あんまり気にしていなかったが、自分がどこにも属さない単なる主婦および在宅ワーカーとなった今、この紹介のされかたが気になる。

分かりやすいのと親近感を持ってもらうための紹介である。もちろん「無職」や「元〇〇」と紹介される選手もいる。人の見た目は9割だし、年齢と肩書きによって人の印象の9割は決まってしまうことは事実。

自分はどこのだれであることを言い切れなければ、ダメなのか。

同窓会のとき、出身大学と会社名を堂々と言い、自己紹介している女子がいた。周りが引いている空気感をものともしない。ものすごい頑丈な鎧を手に入れた彼女の話を、さぞかし動きにくいだろうなと思いつつ話半分で聞いていた。肩書きが武器になるか、鎧になるか。身を守るための見た目で勝負するか、相手を突き刺す剣として使うか。

みんなの前で言い切った彼女をちょっとうらやましいと思ってしまった。何かに属していないとダメ人間のらく印を押されてしまったような感覚。集団に所属して得られることは安心感かな。自分の居場所、自分の存在意義があると生きている感じがするから。自分の目の前にはいつも壁がそり立っている気がする。

コミュニティ入退会

私はこれまでオンラインサロンに入会しては3ヶ月以内に退会している。飽きっぽいと言われればそれまでだが、なんだか「同じグループ」としてくくられることにムズムズしてくるからだと思う。

初めてのオンラインサロンは月3,000円くらいのサロンで、数日の無料お試し期間を経て3ヶ月利用していた。スピリチュアル系のコミュニティである。詳しくはこちらの記事⇒【スピリチュアル系のオンラインサロン体験談】入会したがすぐ辞めた理由

サロン内限定公開の動画や、オーナーの記事、サロンメンバー限定のサービス。メンバー同士の交流など、多くのサービスがあった。同じ価値観をもった人が交流する場で、Twitterではツイートできないことも自由に発信してね!というコンセプトだった(たぶん)

利用してみた結果、Twitterと同じ。一部の発信する人とその他大勢のロム専。横やりを入れる人。学校と同じよ、目立つグループとその他大勢。それに発信するとリアクションをしてくれる人がいる。そのお返しをする。その内、発信”しなきゃいけない”、リプを”返さなきゃいけない”の義務感が出てきて、やめてしまった。

私はサロンオーナーに対して、尊敬の念を通り越して信じ切ってしまうことに恐怖を感じる。この人が言ってるんだからまちがいない、私たちの考えはまちがっていない、だから私たちは正しい、こんな情報を他のひとは知らないなんて、私たちはなんて得をしている!

宗教としてとらえられてしまう理由はここにあるからだろう。その人が右に行け!と言ったら右にいくのか?本当にそうなの?と疑問を持って検証する気持ちを忘れたくない。

成功者のアドバイスを素直に受け入れて行動することで自分も成功する。これは否定しない。実際私も体感している。ただ、信じすぎると視野がせまくなる気がする。

誰でも教祖になれる

ただの紙切れがある人にとっては価値のあるお札。

ただの石がある人にとっては自分の運命を変えてくれるパワーストーン。

不安をあおって、役割を与えて、コミュニティを作って囲う。この手順を踏めばだれでも教祖になれる。詳しくはこの本を読んでみてね。

この記事でも紹介しています⇒あなたも教祖になれる!「完全教祖マニュアル」から学ぶ信者ビジネス

自分は集団の一部であると意識する帰属意識。集団の一部として立ち回ることも必要だけど、孤独に作業することも必要。

集団に執着してしまうとその集団の中でしか自分の存在意義が見いだせなくなる。そうすると自分って何?「Who am I !!!!」とジャッキーチェンのように叫びたい気持ちがわいてくるよ私は。